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伝えたい事の源泉・奏者とアーチスト

>伝えたいこと、
>表現したいことがあるから
>青木さんはプレイしているんでしょ?
>その伝えたい事の源泉は
>どこにあるんでしょうか?


源泉かね。
それはもう、どこにってったって、僕の頭と心の中にあるのだよ。
頭と心。
おちんちんの先にもあるかも知れんな。
とにかく身体中にあるのですよ、ハイ。

奏者と音楽家は違うんだ。
奏者は俗に言うミュージシャンだ。
音楽家はアーチストのことつまり芸術家だ。

昨今のマスコミでは、むやみやたらに「アーチスト」というフ レーズを乱用しているが、あれはまったくのウソッパチ。ちなみにこれは、どちらがいいということではありません。2者が違うという話です。

奏者=ミュージシャンというのは音楽的な活動を営む人たちです。つまり職人さんたちのことです。

優れた職人さんたちは、定められた道具と制約の中で業を磨き、その歴史や背景を感覚的に捉え、最高の形で音楽を奏でます。 職人芸が高度であれば高度なほどその美しさは、最も受け入れやすい形として表現され、人々を魅了します。

音楽家=アーチストは、職人さんと同じような気質を持ちつつ、反面形式より表現を重視します。音楽的なアプローチも違うこともあります。

職人さんから道具を奪ってはいけません。 職人さんは、道具を使って美しさを表現します。アーチストは道具を変えたとしても、なんらかの表現方法を見つけなくてはいけません。ただし、職人気質もあるので、できれば通常使うものを使いたいというお願いもありますが、なくてもできるはずです。

ドラムをたたいている人からドラムをとってしまうとします。職人は「これじゃできね〜〜」と言い、アーチストは「じゃ、腹でもたたくか…」と言います。


アーチストの源泉は、「本物の姿」を見つけることにあります。私たちの生活の中で、本当の姿を現しているものを、ある形式にして表現したいのです。

怒り、不満、快楽、美徳、悲しみなどがそうであるように、これらは必ずしも理解しやすい形で表現されません。そんな感覚を、アーチストはそれぞれのスタイルで醸し出そうとします。職人さんはこれらを美しい形で、表現しようとするのが常です。

僕は、「本当の姿」を求めて自分の作品を作るように努力しています。僕の考えたことが、加工処理なくストレートに音になってほしいと思います。しかし、ストレートが必ずしも説得力のある形であるとは、限りません。 ですから、そこに職人芸の素晴らしさを取り入れ、時にはスタイルを使って表現することもあります。


>ミュージシャンとして生計をたて、
>家族を食わせていくうえで、
>自分のやりたくない事もしなくちゃ
>いけない事もあると思うけど、
>葛藤はないのでしょうか?
>どうやって折り合いつけてるんだろう?


On Tue, xx Jan 1998
青木 wrote:

葛藤はあります。
しかし、すべてが修行なのであります。
修行です。

自由で強烈な表現をするには、基礎が大切。ときには基礎土台の術を磨くためにいろいろやってみなくてはいけません。 ただしポピュラーミュージックなんかはいつも避けています。


>あとねー、レコーディングの時なんか
>共演者と見解が合わなくて喧嘩
>しちゃうことなんかあるのかな?


On Tue, xx Jan 1998
青木 wrote:

喧嘩はしませんが、お互いに2度と共演をしなくなります。

見解の相違は通常、だれがリーダーか、誰がプロジェクトの経済管理をしているかによって解決していまうのがプロの世界です。 プロジェクトによっては、自分が職人に徹しなくてはいけないケースも多々あります。


(終)


1998/01/XX

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